地球の深部構造、とくに核–マントル境界近くの温度分布と化学組成の違いを明らかにすることは、地球の誕生から現在までの進化を理解する上で最も重要な課題のひとつです。私たちは、地震波の詳細な形(波形)を直接解析する独自の二段階波形インバージョン手法を開発し、S波とP波の両方について同程度の解像度での3次元構造推定に初めて成功しました。

この手法により、中米およびベネズエラ下の古ファラロンスラブに対応する高速度構造と、コロンビア下に見られるS波低速・P波高速の領域を検出しました。この領域は、沈み込んだ海洋地殻(MORB)が集積した化学的不均質を示しており、地球の化学進化の現場を可視化した成果となりました。

(掲載誌:Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 2025年10月)

タイトル

Seismic Waveform Inversion for 3-D S- and P-Wave Velocity Structure in D″ Beneath Central America and the Caribbean:
Evidence for Chemical Heterogeneity Due to MORB Accumulation
(中米・カリブ海下のD″層におけるS波・P波速度構造の3次元波形インバージョン:MORB集積による化学的不均質の証拠)

背景と目的

地球の内部構造、とくにマントル最下部(D″層)の温度と化学組成不均質の分布を明らかにすることは、地球の熱史と化学進化を理解するための重要な課題です。地震波は地球内部を透過し、その波形には波長スケールでの構造情報が刻まれています。しかし、温度と組成の影響を分けて評価するためには、S波(せん断波)とP波(縦波)という二種類の波速度構造を同時にかつ同解像度で求める必要があります。ところが従来の研究では、D″層に感度を持つと考えられているPcP波のデータは振幅が小さくノイズに弱いため、ScS波に比べて空間分解能が著しく低く、温度と組成を区別するには不十分でした。

研究の手法と新規性

本研究では、有限波長効果を含めて波形全体の情報を用いる波形インバージョンをP波にも適用できるよう改良し、S波とP波を同等の解像度で推定できる二段階インバージョン法を開発、解像度の定量評価を行いました。さらに、これまで核–マントル境界直上の構造解析に用いられてきたPcP波(P波の反射波)は振幅が小さく利用が難しいことが判明したため、代わりに直達P波の有限波長感度を活かして、多数の浅い地震記録を含む大規模データセットを構築しました。これにより、S波・P波ともに実質的に同等の空間分解能を達成しました。

主な成果

中米およびベネズエラ下に、古ファラロン海洋プレート(沈み込んだスラブ)に対応する高速度領域を発見しました。それら間には、コロンビア下のD″層中部にS波低速・P波高速の領域を検出しました。この特徴は温度効果では説明できず、沈み込んだ海洋地殻(MORB)成分の集積による化学的不均質を示唆しています。集積したMORBは放射性加熱により部分融解やプルーム上昇の起点となる可能性があります。また、定量的な解像度解析の結果、地震波データから直接独立に推定できるのは、鉱物物理学的に重要な二つの弾性定数のうち、剛性率(S波感度)とP波弾性率(体積弾性率とは異なる)であることを確認しました。すなわち、「地球は人間が望むデータをすべて見せてくれるわけではない」が、本研究ではその限界の中で最大限の情報抽出を実現したといえます。

地球科学的な意義

本研究は、地震波データから地球内部の温度と組成の影響を分離して検出するという、地球深部科学の重要な課題に対して大きな一歩を示しました。特に、S波とP波の同時インバージョンによって得られた化学的不均質の直接的証拠は、地球のマントルが時間をかけてどのように化学的に進化してきたのかを理解する上で、新しい制約を与えます。

論文情報

Sato, R., Kawai, K., & Geller, R. J. (2025). Seismic waveform inversion for 3-D S- and P-wave velocity structure in D″ beneath Central America and the Caribbean: Evidence for chemical heterogeneity due to MORB accumulation. Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 130, e2024JB030931.
https://doi.org/10.1029/2024JB030931
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